トライアスロン宮古島大会の歴史と島民の取組み

トライアスロンの大会に出ている方は、ゆくゆくは宮古島トライアスロン大会に出場してみたいと考えたことがあるかと思います。

大会としてはトップアスリート向けの大会となり、以前からトライアスリートにとっては栄誉と言えるものでした。

1985年に始まったこの大会ですが、今年でもう30年余りということになり歴史も深いものになります。

因みに30回の大会記念として、安倍総理の昭恵夫人がスターターを務めたそうです。

距離としてはロングに分類されますが、本年の大会要項によるとスイム3キロ、バイク157キロ、ラン42.195キロで争われます。

この距離を見ただけでも腰が引けますが、その参加希望者の多さから、1700人の希望者に対して抽選で出場できる選手を決めているようです。

なお、宮古島大会に出場するには、選手登録、バイク預託などの日程が決まっており、本州などから行く場合には数日前に出発する必要があります。

帰ってくるまでの飛行機の便予約や、荷物の運搬などを考えると1週間は必要になるそうです。

宿泊代や飲食代なども含めると、掛かる費用はいくらになるのか、ちょっと考えるのも大変そうですね。

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開催の経緯

元々は沖縄県の高校駅伝大会を開催するために、宮古島でコースが整備されたことが発端となりますが、この大会の成功が大きいようです。

その後、マラソンの公認コースとして認定されたことで、より活用しようと言う意識が高まり、有効活用を模索する動きが高まりました。

地元新聞社の社長と、ホテルチェーンの責任者の2人によって、トライアスロン大会を誘致しようと言う流れが出来ました。

その後、地元での集客効果をも狙い、地元の活性化につながると言う事から、島民も活動に参加するようになり、日本トライアスロン連合の公式大会として開催されることになるのです。

始めは、観光産業の一環として始めたのがきっかけのようですが、今ではプロ野球のキャンプも行われたりするため、すっかり有名になっています。

ただ、悪天候の場合は強風が吹くため、大会の内容がデュアスロンに変更される場合もありますが、それも名物とも言えるかもしれません。

国内トライアスロン拡大の立役者

こうして第1回宮古島トライアスロンが1985年に開催されるわけですが、NHKで生放送で放映され大きな反響を呼びました。

それまでトライアスロンを知らなかった人たちにとっては、初めてみる競技に驚くとともに、自分もトライアスロンを始めたいと思い始めるキッカケになったようです。

次第に競技人口も増え、大会も各地で開催されるようになると、トライアスロンの知名度も一気に上がることになります。

それに、世界で行われる大会についても、以前のように長い距離のアイアンマンしかなかったのが、次第に一般的に参加できるように設定されることになります。

今でいう、ショート、スタンダード、ミドル、ロング、アイアンマンというカテゴリーに分類されるようになり、より自分の参加できる選択肢が増えます。

結果、初心者でも参加が可能となり、競技人口も爆発的に増えることに繋がりました。

このように宮古島でトライアスロン大会が開催された影響は大きく、後々のトライアスロン発展に貢献したと言っても過言ではありません。

まだ、トライアスロンが一般的でない時期に、このように島を上げて挑戦した姿勢に感心します。

もし開催されていなかったら、現在のようにメジャーなスポーツとして行われることも無かったかもしれません。

今ではJTU登録者数だけでも3万人、競技人口は30万人とも言われるトライアスロンですが、今後も増えそうです。

2020年には東京オリンピックでも行われますが、開催予定場所がお台場ということで、更に盛り上がりを見せそうです。

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